1. 「日常」は容赦なくやってくる
告知を受けた夜、あんなに脳内のドミノ倒しが止まらなかったのに、翌朝には無情にもアラームが鳴ります。 私は精神科病院に勤務する薬剤師です。自分の心がパンクしかけていても、患者さんの命を支える薬を正確に準備しなければなりません。
正直なところ、「今日は仕事を休みたい」と心の底から思いました。
2. 白衣という名の「防護服」
でも、休んだところで、家に一人でいたらどうなっていたか。 きっと、昨日から止まらない「連想ゲーム」のドミノが、さらに加速して自分を追い詰めていたはずです。
不思議なもので、病院の玄関をくぐり、白衣の袖を通すと、ADHDのスイッチが強制的に「仕事モード」へと切り替わりました。 昨日聞いた「0」という数字。妻の「一緒にいたい」という言葉。 それらを一旦、脳の奥底にある「今は開けない箱」に押し込めます。
3. 正確さが求められる「静かな時間」
調剤室の中で、一包化のチェックや鑑査に没頭する時間は、今の私にとって唯一の救いでした。 目の前の処方箋、薬の規格、PTPシートの数。「間違えてはいけない」という緊張感と、ADHD特有の「過集中」が、余計な思考を強制的にシャットアウトしてくれたからです。
ふと、自分が調剤している薬を見つめ、考えてしまいました。 ここに並ぶ薬を必要としている人たちも、私と同じように、自分では止められない思考の渦や、言葉にできない喪失感と戦っているのかもしれない、と。 昨日までの「薬剤師としての知識」が、自分自身の痛みを経て、より生々しい実感を伴って響くようになりました。
4. 完璧じゃなくていい、ただ「そこにいる」こと
一日を終えて白衣を脱いだ時、形容しがたい疲労感が押し寄せました。 でも、今日一日、私は間違いなく「薬剤師」として機能しました。誰かの薬を、間違いなく世に送り出しました。
「自分は無価値だ」とドミノを倒していた昨日の自分に、黙々と働いた今日の自分が「そんなことないよ」と背中で答えてくれたような気がします。 絶望の中でも、変わらずに動き続ける「仕事」という日常。それが、今の私には一番の処方箋だったのかもしれません。


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